『ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち』 中谷功治 (中公新書)

 今年8回目の帰省。
 車中で読んだのは、『ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち』。
 残り120ページほどだったので余裕で終わるはずでしたが、何度も寝落ち。
 50ページほど残ってしまい、さきほどようやく読了しました。

 夜勤明けなので仕方ないですが、そもそも内容が難しかったです。
 同じような人名が何度も出てきて、混乱してしまいました。
 皇帝だけでも、こんな感じ・・・。

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 さらに悩んだのは、マヌエル二世の死去からビザンツ帝国の滅亡までは四半世紀しかない、という記述。
 直前までは、マヌエル一世の話。マヌエル二世は登場していませんが・・。

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 マヌエル二世は、この後に出てきました。
 死去が1425年で、コンスタンティノープル陥落は1453年。
 四半世紀しかない、と言えないこともないですが・・・。

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 一筋縄ではいかないのが、ビザンツ帝国。
 Wikipediaには、次のようにあります。

成立(東西分割) 395年
イスラム帝国によって領土の大半を失陥 7世紀
第4回十字軍により一旦滅亡 1204年
亡命政権ニカイア帝国によって再興 1261年
オスマン帝国によって滅亡 1453年5月29日


 話をややこしくしているのは、「滅亡」の前に「一旦滅亡」があること。
 でも、「一旦滅亡」のほうならば、辻褄が合います。
 マヌエル一世の死去が1180年で、第四回十字軍によるコンスタンティノープル陥落は1204年。これなら、四半世紀で問題なし。
 ということで、248ページのマヌエル二世は誤りで、正しくはマヌエル一世ですね。

 塩野七生の『ローマ人の物語』の終盤の数巻、『十字軍物語』、『コンスタンティノープルの陥落』を再読すれば、本書の理解度も少しは変わるかもしれません。
 『十字軍物語』を読んだのは去年なのに、きれいに忘れてしまっていて・・・残念過ぎます。。

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 はじめに
序章  ビザンツ世界形成への序曲――四~六世紀
第1章 ヘラクレイオス朝の皇帝とビザンツ世界――七世紀
第2章 イコノクラスムと皇妃コンクール――八世紀
第3章 改革者皇帝ニケフォロス一世とテマ制――九世紀
第4章 文人皇帝コンスタンティノス七世と貴族勢力――一〇世紀
第5章 あこがれのメガロポリスと歴史家プセルロス――一一世紀
第6章 戦う皇帝アレクシオス一世と十字軍の到来――一二世紀
終章  ビザンツ世界の残照――一三世紀後半~一五世紀
 おわりに――「なぜまたピザンツなのか」
              (2020年6月25日発行)

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