『藤原氏――権力中枢の一族』 倉本一宏 (中公新書)

 著者の本は昨年11月の『蘇我氏――古代豪族の興亡』以来。
 当時、お気に入りに登録しましたというtwitterの通知があり、しかも著者自ら!――ということで、びっくり。
 さらに、藤原氏もあるのツイートつきとは・・・。

 知っています――ということで、今年初めて買ったのは『藤原氏――権力中枢の一族』。
 前書で「濃さ」は分かっていましたが、予想通りの濃密さ。
 でも、そこがまた心地よく(!?)、三日で読み終えました。

 冒頭だけでなく、文中に挿入される系図がこれまでに見たことのないほどのマニアックさ。
 初めて見る名前がたくさんありました。
 知っている名前でも、ここに出てくるのかという発見も・・・。
 中関白家の系図には、頼朝の助命で有名な池禅尼や後白河院の寵臣・信頼。
 南家の系図には、院政期の近臣・通憲(信西)が出てきます。
 でも、一番驚いたのは、日野家の系図に出てきた親鸞ですね。。

 藤原氏といえば摂関政治で、その全盛期は道長時代。
 これは教科書にも必ず登場しますし、『この世をば』などで読んでいるのでなじみがあります。

 なので――というわけでもありませんが、これは気づいてしまいます。
 左下は212ページ、右下は222ページの一部――。
 左下は肝心の所がボケてしまったので、撮り直しですね。。

画像
画像

 問題なのは、嬉子の扱い。
 212ページでは六女嬉子なのに、222ページでは四女の嬉子になっています。
 222ページが正しいとすると、212ページの四女寛子の扱いは・・・?

 Wikipediaを見てみました。
 これはこれでさらに裏を取る必要があるのかもしれませんが、関連部分をコピーすると・・・。

  正室:源倫子 - 左大臣・源雅信の娘。
   長女:藤原彰子(988-1074) - 一条天皇中宮。後一条天皇・後朱雀天皇の母
   長男:藤原頼通(992-1074) - 摂政・関白。藤原寛子(後冷泉天皇皇后)の父。
                      藤原嫄子(後朱雀天皇中宮)の伯父で養父。
   次女:藤原妍子(994-1027) - 三条天皇皇后(号中宮)。禎子内親王(後朱雀天皇皇后)の母
   五男:藤原教通(996-1075) - 関白、藤原歓子(後冷泉天皇皇后)の父
   四女:藤原威子(1000-1036) - 後一条天皇皇后(号中宮)。
                  章子内親王(後冷泉天皇中宮)、馨子内親王(後三条天皇中宮)の母
   六女:藤原嬉子(1007-1025) - 後朱雀天皇東宮妃。後冷泉天皇の母
  妻:源明子 - 左大臣・源高明女、盛明親王養女
   次男:藤原頼宗(993-1065) - 右大臣・中御門流の祖
   三男:藤原顕信(994-1027) - 入道前右馬頭
   四男:藤原能信(995-1065) - 権大納言
   三女:藤原寛子(999-1025) - 敦明親王女御
   五女:藤原尊子(1003?-1087?) - 源師房室
   六男:藤原長家(1005-1064) - 権大納言・御子左家の祖


 嬉子は六女――ということで、212ページが正しく、222ページは誤り。
 ただし、212ページがすべて正しいわけでなく、寛子は三女のようです。
 このような食い違いがどこから起こるのか、ちょっと興味深いですが、深追いはやめておきます。。

---------------------------------------------
  はじめに――藤原氏とは何か
 序章  鎌足の「功業」と藤原氏の成立
 第一章 不比等の覇権と律令体制
 第二章 奈良朝の政変劇
 第三章 藤原北家と政権抗争
 第四章 摂関政治の時代
 第五章 摂関家の成立と院政
 第六章 武家政権の成立と五摂家の分立
  おわりに――日本史と藤原氏
    略年表   参考文献
     (2017年12月25日初版 2018年1月15日再版)

---------------------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック