『美貌の女帝』 永井路子 (文春文庫)

 少し前に読んだ『はじめは駄馬のごとく ナンバー2の人間学』
 6人登場するナンバー2のうち、もっとも恐るべしと思ったのは、やはり藤原不比等です。

 彼がじつにあざやかに天武・持統朝に報復し、亡父鎌足の描いた世界を再現したことには誰ひとり気づかなかった。憲法改正、外交路線の変更、そして遷都――。天武・持統の路線を徹底的に打ちのめしたにもかかわらず、彼を持統の忠臣だ、と思いこんでいる歴史家の何と多いことか。(P202)


 ※ 憲法改正     飛鳥浄御原令→大宝律令
   外交路線の変更  親新羅→親唐
   遷都         藤原京→平城京

 思いこまれているといえば、元明天皇・元正天皇が聖武天皇即位までの中継ぎであるという点。
 女系をたどるとそうは考えにくく、持統・元明・元正の女帝と藤原氏には緊張関係があったというのが永井路子の主張です。

 下は、9年前に読んだ『女帝の歴史を裏返す』に載せた系図。
 持統・元明・元正を含め、赤で塗ったのは蘇我氏の血を引く女性です。
 確かに、女系で見ると蘇我王朝。
 蘇我の血を引かない聖武天皇の即位には抵抗があったことでしょう。


 すっかり忘れていましたが、このエントリーの中で『美貌の女帝』について触れていました。

 20年ほど前に『美貌の女帝』を読んだときの感覚を思い出しました。実家にあるはずなので、帰省したら、ほかのとあわせ何冊か持ってこようと思います。

 「20年ほど前に――」が、「30年前に――」になりましたが・・・。

 前後の持統・元明、孝謙(称徳)天皇に比べると地味な扱いの元正天皇。
 初の独身女帝なわけですが、いつその路線が決まったのでしょうか?
 これについて明確に触れたものを読んだことがないような・・・。
 謎ですね。。

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月傾きぬ/極北の星/薄茜/夕映えの塔/黄菊の裙/闇深ければ/渦紋/あしびの窓/
楯立つらしも/和銅元年/あをによし/秋霧/阮咸/登極/白虹/冬の挽歌/
作宝楼/赤い流星/塚響動むとき/死の乱舞/宮都変転/幻想の王国/終曲
  史料のことなど
  解説 磯貝勝太郎
       (1998年8月10日第1刷)

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