『小説吉田学校 第五部 保守新流』 戸川猪佐武 (角川文庫)

 年末から読み始めた『小説吉田学校』、いよいよ後半戦――。
 この第五部は保守新流のタイトルがついています。表紙のイラストは三木武夫と中曾根康弘のツーショット。三木総理時代は、自民党総裁&幹事長のコンビでした。
 田中・大平・福田ら、吉田学校系列の保守本流に対する、保守新流。中曾根首相時代のタカ派的発言が印象に残っているせいか、三木・中曾根の二人はそりが合わないのかと思っていましたが、反吉田から始まり、その政治行動は意外にもけっこう似ていたんですね。
 しぶとく粘る三木総理・総裁。多数の反主流派を相手に、事態の収拾を図る中曾根幹事長。どちらもともに印象に残りました。
 でも、こんなに時間をかけるなんて、今では許されませんね。あっ、今でも変わらないか・・・。

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夏の嵐――田中角栄逮捕
執念の人々――大福提携なる
攻防の陣――三分の二の圧力
総理の賭――挙党協の旗揚げ
八月二十四日――十五閣僚の謀議
午後の抗争――三大福会談
冷めた熱気――五役収拾に動く
対決の時間――大荒れの総務会
長老動く――保利・中曾根会談
決断のとき――主流派の強行突破作戦
閣議は荒れる――急転妥結へ
内閣改造――もめる幹事長人事
狂宴のあと――総選挙の敗北
交替の日――大福角連合す
             (昭和56年4月10日初版発行 昭和57年7月30日9版発行)

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 昭和51年7月、田中前首相逮捕。
 検察側の思い切った頂上作戦に、自民党は色を失なった。少数派閥ながら、椎名裁定で政権をにぎり、ロッキード徹底解明をもくろむ三木の前に、派閥力学の原理は非情だった。
 党内の不満を結集して"三木おろし"をはかる挙党協。解散権も行使できず、むなしく時をすごす三木内閣の弱体ぶり。党と内閣に下された国民の審判は……?


 例によって、矛盾点をいくつか・・・。

 十八日に保釈で出てきていた田中角栄は、その夜、電話で西村たちに、
 「もう三木おろしはできんよ。できるとすれば、今日二十四日にできる……と思っとったが、今日できなかったとなれば、もうだめだよ」
 と、いってよこしたものである。(P154)


 保釈とはもちろん、ロッキード事件で逮捕・起訴されたことと絡みます。
 ここでは(八月)十八日とはっきり書かれていますが・・・。

 「さる十七日に田中が出所してから、ずいぶん変わってきた。田中が目白に帰るまでは、福田さんや大平さんも、三木首相がロッキード追求と三法案審議を並行してやろうという提案に、あのような態度をとることはなかった」(P176)

 なぜか、十七日に変わっています。。
 困ったときのWikipedia。ロッキード事件のページを見ると・・・。

   田中は1976年(昭和51年)7月27日に逮捕されたのち、8月16日に東京地検特捜部に
   受託収賄と外為法違反容疑で起訴され、その翌日に保釈保証金を納付し保釈された。


 ということで、保釈されたのは十七日が正しいようです。

 もう一つ、まったく別件で――。

 この日、中央気象台は、二百十日を控えて大型台風が本土に接近中であると報じていた。だが東京は、雲一つない、晩夏の晴天であった。それでも迫ってくる嵐を予感させるもののように、その午後には湿度五十五、気温三十一度へと、不快指数はぐんと上がった。(P236)

 中央気象台! ずいぶん古めかしい響きです。。
 再び、困ったときのWikipedia――。
 中央気象台が発足したのは1887(明治20)年で、管轄する省が内務→文部→運輸通信→運輸と移った後、1956(昭和31)年に運輸省の外局となったことで現在の名称である「気象庁」に改めた・・・ようです。
 そんなわけで、1976年は当然、中央気象台という組織は存在しません。

 ちなみに、「この日」は、前後の関係から1976年9月10日と特定できます。
 日付が特定できれば、何号かも特定可能・・・。該当する台風は17号でした。
 最盛期の気圧は910hPa! これはニュースになりますね。

画像
       (画像はデジタル台風のサイトより引用)

 ついでに、9月10日の東京の実況値を調べてみると、12時と15時は確かに湿度55%・気温31度。
 でも、雲量は4~5なので、「雲ひとつない」はさすがに言い過ぎ・・・って、細かくて、すみません。。

          ・東京の実況値(気象庁HP)

 この台風17号は全国的に大雨をもたらした台風で、気象庁HPの「災害をもたらした気象事例」にも載っていました。確かにこれだけ強い台風が、このコースを進めば、影響は大きそうです。
 以下、こちらのページからの引用――。

 台風が長期間日本付近にあり、前線が関東から四国付近に停滞していたため、全国的に大雨となり、土砂災害や洪水が多発した。九州から中部地方にかけては、期間降水量が500~1,000mmに達し、四国地方では2,000mmに達した所もあった。香川県小豆島の内海町で期間降水量が1,328mmと、平年の年間降水量を超える大雨のため、土石流や洪水で多数の人的被害や住家被害が発生した。岐阜県では長良川の上流で1,000mmを超える雨が降り、堤防が決壊して多くの家屋が浸水した。

 このページには当時の天気図も載っていて、10日9時の図を見ると、本州上に前線が停滞。
 関東地方は前線の南側で、東海上の高気圧の縁を回り、湿った空気が入りやすい形。
 やはり、「雲ひとつない」は言い過ぎ・・・って、しつこくて、すみません。。。

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