『詰将棋パラダイス 1994年12月号』

 なぜ、今さら15年前の『詰将棋パラダイス 1994年12月号』かというと・・・。

 『詰将棋四百人一局集』の〆切が迫ってきました。
 〆切は31日。残り4日と数時間ですが、載せる詰将棋を決めただけ、本文はまったくの空白です。
 選んだ詰将棋は15年前に詰パラに載った21手詰。代表作というわけではありませんが、出来のわりに陽の目を見なかったので、罪滅ぼし(?)に選んでみました。
 しかし・・・自分で作っておきながら、変化手順を覚えていないのは当然として(!?)、なぜこのような配置にしたのかも、すっかり忘れてしまいました。。。
 覚えていたことといえば、当時も同じような質問があり、結果稿の後に答えていたこと。

 当時の詰パラを何冊もひっくり返し、ようやく見つけ・・・。
 そんなわけで、タイトルの『詰将棋パラダイス 1994年12月号』につながるのです。
 この号の「読者サロン」のコーナーに自分の回答が載っていました。

 (前略)自作について「なぜ25成銀なのか」という質問があったのでお答えします。
 当初25成銀は金でした。ところがこれだと初手35桂で余詰が成立します。(手順は省略)
 そこで25とにしようとしたのですが、今度は初手12銀に14玉とする手が生じ、以下17飛、16と、23銀打、15玉、37角、26銀合で詰みません。
 25成銀は右の変化の26銀合をなくすためのものだったのですが、これだと17飛、16成銀以下23銀打としなくても16同飛で詰むのです(10月号結果参照)。このため配置の意味付けが意図したものと変わってしまったのは不本意でした。
 それがあんなに評価されるとは・・・。(以下略)
   

 書いたのを見つけたのはよいのですが、頭がついていきません。。。
 1994年10月号の結果稿に載っている多くの変化手順。これもついていけません。。。

 当時は柿木将棋もなかったので、すべて自力で読みながら作ったはずですが・・・。
 どうやら、柿木将棋で確かめながら、変化手順や配置の意味づけを確認することになりそうです。

 原稿を書き始める前にやることがある状態・・・。
 もう少し早めに始めておけばよかった・・・。そういう意味では、今年も進歩がなかったです。

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