『詰将棋パラダイス 2008年9月号』

 首猛夫さん(本名:谷幹さん)が亡くなられたのを知ったのは一ヵ月ほど前、ぴえぶろ2号店の記事ででした。「パソコン奮戦記」でガンであることを記してはいたものの、つい最近まで連載を続けていたので、突然のことにびっくりしました。
 今月の詰将棋パラダイスの追悼記事によると、首さんは「大学院」を1995年7月号から2000年11月号まで、「大道棋教室」を1996年1月から2003年11月まで担当されていたほか、「パソコン奮戦記」を1997年7月号から今年の6月号まで書いていました。いずれもかなり長期の連載です。
 首さんとは当然、お会いしたことはないのですが、「大道棋教室」に8作、「大学院」に1作、計9作品も採用していただきました。「大道棋教室」は別のペンネーム(矢場徹吾)で担当されていたので、同一人物だと自分が知ったのはずいぶん後になってからですが、どちらのコーナーも拙い作品に対して過分な言葉をいただき、恐縮したものです。
 近藤郷さんの追悼文には

 美しく、かつ、透徹した言葉が過剰なまでに散りばめられた文章、だが、一方、当時の詰将棋界に叛旗を翻すような煽動的表現。
 そこに眉を顰める人もあったに違いない。
 なにしろ、あの上田吉一、若島正の両氏に目を開けと煽り、その後もさらに山田修司、七條兼三といった巨人たちさえも一刀両断するような勢いだったからだ。


とありますが、両コーナーでの解説や「パソコン奮戦記」からはちょっと想像できません。「般若一族」として解答者に挑戦状を叩きつけていた時とは状況が違うので、当たり前といえば当たり前。でも、煽動的だった昔の文章も読んでみたくなりました。雰囲気は『般若一族の叛乱』から伝わってくるのですが・・・。もう更新されないのが残念です。
 あらためて、謹んでご冥福をお祈りいたします。


 「大道棋教室」が今月号に掲載された結果稿をもって一時休校となりました。休校の理由は「投稿(投稿者数)の激減」だそうです。
 いくつかストックがあったのに、検討していなくて未投稿のがありました。こんなことになるなら、ちゃんと検討して、投稿しておけばよかったです。再スタートの可能性はゼロではないようなので、来るべき時に備えます・・・とは言っても、自分のは双玉なだけで大道棋っぽくないという話もあるし、それ以外のコーナーのほうがよいのかもしれません。いずれにしてもまずは検討してから・・・なのですが、昔の記憶を掘り起こすのはけっこう大変。でも、埋もれさすのも惜しいので、出来るうちにやっておきたいと思います。

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