『宇宙創成(下)』 サイモン・シン 訳・青木薫 (新潮文庫)

 2ヵ月前にアップした茂木健一郎の『欲望する脳』に関する記事で、

 「多重文脈」・「可能無限」・「一回性」など、日常生活では意識していないけれど、考えさせられるような言葉がいくつかありました。「セレンディピティ」も久しぶりに思い出した言葉の一つです。

 生きることの本質が「偶有性」であり、社会のネットワークの中で出会う様々な「セレンディピティ」(偶然の幸運)である以上、どんな理想であっても、それが偶有性によって担保されていない限り、倫理規範としては定着することはできない。人間性の本質は、危機においてこそ表れると言われる。孔子の故事が孔子の人間性の深み、その倫理観の大きさを伝えるのは、それが、思いも掛けない人生の偶有性に際してのかの人の行動を伝えるからである。(P169)

 「セレンディピティ」で思い出した本が一冊というか、文庫で上下二冊あります。
 上巻については記事にしましたが、下巻については編集中でした。。
 読み直したら、アップします。いつになるか分かりませんが・・・。


と書きましたが、それがこの『宇宙創成』。
 下巻についての記事は、2009/04/17 01:33が最終保存時刻で、3年半も放置したままでした。
 下巻だけ読んでも面白くないので、上巻から読み直し。たぶん3回目で、読み終わったのは1ヵ月以上前。
 今読んでいる本に、ハーシェル父子が出てきたので、放置したままのを思い出しました。。

 「セレンディピティ」が登場する部分をいくつかあげると――。

 少々横道に逸れるが、ジャンスキーによる銀河電波の検出は、本来の目的とは異なるすばらしいものに偶然に出くわしたという意味で、いわゆる「まぐれ当たり」だったことに注目するのは興味深い。実際これは、科学上の発見には驚くほどありふれているにもかかわらず、あまり知られていない「セレンディピティー」という現象のみごとな一例となっている。セレンディピティーという言葉は、一七五四年に作家のホラス・ウォルポールによってひねり出された造語である。(P205)

 セレンディピティーを積極的に生かした科学者たちを、単に幸運な人たちと分類するのはたやすいが、しかしそれは正しくない。セレンディピティーに恵まれた科学者や発明家が、偶然の発見から先に踏み出せたのは、その発見を適切な文脈の中で位置づけるだけの知識を蓄積していたおかげなのだ。ルイ・パストゥールもまたセレンディピティーに恵まれた人物だが、これを次のように述べた。「チャンスは備えある者に訪れる」 ウォルポールも前掲の手紙でこの点を強調し、セレンディピティーは「偶然と賢慮」のおかげだとしている。(P207)

 マジックテープやポストイット、バイアグラも、セレンディピティーの一例だそうです。

 CMB放射は、十分に感度の高い電波望遠鏡をたまたま宇宙に向けた人間に発見されるのを待ち構えていたのであり、たまたまそれがペンジアスとウィルソンだった。しかしこの発見にセレンディピティーの性格があることを、二人はなんら恥じることはない。なぜならこれだけの大躍進を遂げるには、幸運だけでなく、それ相応の経験と知識、そして洞察力とねばり強さが必要だったからだ。(P241)

 直接、セレンディピティーとは関連しませんが、ほかにも多くの登場人物が生み出した、興味深いエピソードがたくさん散りばめられています。
 中でも興味をそそられたのは、ビッグバン・モデルに対抗し、定常宇宙モデルを打ち立てたフレッド・ホイル。
 元素合成の問題を解決したその仕事は、定常宇宙モデルだけでなく、ビッグバン・モデルにとっても追い風となったわけですが、もっと皮肉だったのは、結果的にビッグバンの名付け親となったこと。

 「ビッグバン」という言葉を使うときのホイルの声には軽蔑的な響きがあり、彼はライバル理論を嘲るためにこの言葉を使ったようである。それにもかかわらず、ビッグバン・モデルの熱烈な支持者と批判者の両方が、しだいにこの名前を選び取るようになっていった。ビッグバン・モデル最大の批判者が、うかつにも名付け親になってしまったのだ。(P106)

 もはや、これより適当な言葉が浮かばないほど、流布しているビッグバン。
 皮肉としかいいようがありませんが、こんなふうに予期できない偶然は、何と呼ぶべきなのでしょうか。

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第Ⅴ章 宇宙論の一匹狼たち
  宇宙から原始へ/最初の五分間/宇宙創造の神の曲線/定常宇宙モデルの誕生
第Ⅵ章 パラダイム・シフト
  時間尺度の困難/より暗く、より遠く、より古く/宇宙の錬金術/
  企業による宇宙研究/ペンジアスとウィルソンの発見/密度のさざなみは存在するのか
 エピローグ
                   (平成21年2月1日発行)

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 今読んでいる本に、ハーシェル父子が出てきたので・・・と書きましたが、その本は『青の物理学』。
 ハードカバーを買ったのは久しぶりで、訳者は本書と同じ青木薫。
 きのう、きょうでだいぶ読み進んだので、週末には読み終わりそうです。

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