『最古参将棋記者 高みの見物』 田辺忠幸 (講談社+α新書)

 プロ野球の日本シリーズが終わりました。
 ここ数年、中継を見ることはほとんどなかったのですが、今年は第6戦と第7戦を少しだけ見ました。
 といっても、夜勤に行く前、ご飯を食べながらの20分ほどだけ・・・。

 第6戦はちょうど試合が終了するところを見られたのですが、アナウンサーが「中日、(日本一へ)逆王手」と何度も繰り返しているのが、うっとうしくて・・・。うっとうしいだけならまだしも、使い方間違ってるし・・・。
 もっとも、間違った使い方をしているのは、テレビ朝日のアナウンサーだけではありません。
 「日本シリーズ 逆王手」で検索すると、ものすごい数の記事が引っかかります。。

 こんな間違った使い方、この人なら許さないはず・・・と思い、本書を開いてみたら、ありました。

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   はじめに
 第一章 忠幸、将棋界にもの申す
 第二章 名人名勝負よもやま話
 第三章 将棋にまつわる日本語講座
 第四章 将棋界への提言
   おわりに
   巻末付録――主要棋戦歴代優勝者
                    (2003年8月20日第1刷発行)

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 「第三章 将棋にまつわる日本語講座」に『「王手をかける」は禁手』の一節があります。

 「王様」は「王将」の愛称といえなくもないが、王将に発したと思える言葉に「王手」「王手をかける」がある。これが将棋専門用語にとどまっているうちはよかったが、いつの間にか一般用語の仲間入りした。あと一勝で勝利をものにするとか、もう少しで快挙が成就するとかいうときに用いられており、辞書までがこれを認知するに至った。
 平成十二年、王貞治監督率いる福岡ダイエー・ホークスがパ・リーグの優勝まであと一勝に迫ったときの翌朝の新聞の見出しは案の定、「王手」の総出演となった。
          (略)
 この「王手」は将棋をほとんど知らないプロ野球の解説者が、日本シリーズの際にいいはじめたと記憶している。王手が勝敗に関係がない場合が多いのをご存知なかったのだろう。
 たしかに王手をかけて、相手が気がつかなかったり、対応を間違えれば勝てるのだが、"王手は追う手"でかえって勝ちを逃してしまう。だから「むやみに王手をかけるな」が鉄則になっている。(P135-137)


 「逆王手」の前に、まず「王手」の使い方に問題があります。

 この王手はスポーツ記事に頻発する。これを憂えた私めは、二十年ほど前に共同通信大阪支社の運動部を預かっていたとき、「私の在職中は"王手をかける"と書くことまかりならぬ」という厳命を部員に発した。現在はどうなっているか。(P137-138)

 力が入っていますが、残念でした・・・。 
 共同ニュースの17日の記事の見出しは、ソフトバンク、敵地3連勝で王手 日本シリーズ第5戦
 大阪支社で書いたものではないでしょうが・・・。

 そして、問題の「逆王手」――。

 「王手」に関する語に「逆王手」がある。これを妙なときに用いる向きがあるのは寒心に耐えない。
 名人戦の特集本が毎年、毎日新聞から出ている。これを見てビックリ。平成十一年の第五局の見出しに「谷川、三連勝で逆王手」とあり、平成十二年の第五局の見出しにも「佐藤、三連勝で逆王手」とある。
 これはひどい。谷川も佐藤も二連敗の後、先に三勝しただけだ。逆転を強調したいのだろうが、こういう場合に毎日新聞では「逆王手」というらしい。
 どちらかが三勝し、第六局で相手が三勝したときに「逆王手」とする新聞もある。王手は両方が同時にかけられず、最初に三勝したほうの王手は消えてしまい、最終局で勝っても勝利を収めることはできない。こんな簡単な理屈が分からないのは困ったものだ。(P138)


 なんと、名人戦の記事で誤って使われていました。
 将棋に関する記事でこれなのだから、野球の日本シリーズで正しく使われるわけがありません。
 今回の中日は、どちらかが三勝し、第六局で相手が三勝したときに「逆王手」とする新聞もある、の一例になります(「どちらか」=ソフトバンク、「相手」=中日)。

 第5戦で中日が三連勝して、日本一に「王手」。
 第6戦でソフトバンクが三勝目をあげて、日本一に「逆王手」。
 第7戦はどちらが勝っても日本一なので、どちらも「王手」をかけている状態ということになりますが、将棋ではこのようなことはありえません。「王手」を放置して「王手」をかけたら、反則負けですので・・・。

 では、「逆王手」とは、どういう状態なのか? 図面を用いて説明しましょう。
 以下の詰将棋の途中に現われる局面です。興味のある方は、解いてみてください。


 いきなり途中の局面を出すと、解き始めた方の邪魔になるので、少しスペースを埋めておきます。。

 引用した文中にある、平成11年・平成12年の名人戦は、結局、第5局で「三連勝で逆王手」をかけたほうが敗れました。勝者側からすると、星の並びは次のようになります。

    第57期(1999 H11) 佐藤康光 防衛 4-3 ○○●●●○○ 谷川浩司
    第58期(2000 H12) 丸山忠久 奪取 4-3 ○○●●●○○ 佐藤康光

 日本シリーズの星の並びを勝者のソフトバンクから見ると・・・。

         (2011 H23) ソフトバンク  4-3 ●●○○○●○ 中日

 順位戦データベースで見たところ、将棋の名人戦でこれと同じ並びになったのは4年前の1回だけのようです。

    第65期(2007 H19) 森内俊之 防衛 4-3 ●●○○○●○ 郷田真隆

 だからどうした? と言われても困ってしまいます。スペースを埋めただけなので・・・。

 では、「逆王手」の説明(・・・というほどでもありませんが・・・)に移ります。

 左下の図は攻方が▲1四香と「王手」をかけたところ。当然、玉方はこれを受けなければいけません。
 △1四同角は▲2四桂△1三玉▲2二銀までなので、1三に合駒する一手。
 ただし、歩・香・桂・金合いは▲2四桂△2一玉▲2二銀まで。
 銀合いは▲2四桂△2一玉▲1二銀△3一玉▲5三角成以下。多少長いですが、冴えません。。
 ということで、ここは△1三飛が玉方の延命手段(右下の図)。
 「王手」を防ぎながら、「逆王手」になっています。


 ここで、<「王手」を防ぎながら>というのが重要なところ。
 △1三飛の局面は玉方が攻方の玉に「王手」をかけているのに対し、攻方は玉方に対して「王手」をかけていない状態です(1四香の効きが1三飛で遮断されてため)。

 これは日本シリーズの記事で使われている「逆王手」とは明らかに異なります。
 日本シリーズで使われている「逆王手」は、自玉にかけられている「王手」を無視して「王手」をかけ返しているもので、▲1四香に対して△2三飛・△2二銀・△2一桂と指すようなものです。
 さらにいえば、▲1四香→△2三飛(△2二銀・△2一桂)の局面で勝敗を決めるのは、次がどちらの手番を握るかということ。攻方の手番なら攻方の勝ち。玉方の手番なら玉方の勝ち。しかし、玉方が手番を握るということは、二手続けて指すことになるわけで、攻方・玉方(先手・後手)が交互に指すという詰将棋(将棋)のルールを根本的に崩しています。ありえません。
 そんなわけで、日本シリーズなどで使われる「逆王手」はまったくの誤りです。

 「王手」については詳しく触れませんでしたが、日本シリーズなどで使われる「王手」は「シリーズ制覇まであと1勝」の意味で、これが「あと2勝」に後退することはありません。
 しかし、将棋の場合、王手をかけていれば勝利に近づいているかというと、そんなことはありません。本書に書かれているように、極端な場合、「王手」が敗北になることだったありえるのです。
 とは言っても、慣用句としてあまりにふつうに使われているので、改めるのは難しそうですね。

 最後に、詰将棋の解答を――。

  ▲2三桂  △2一玉  ▲1三桂  △同 香  ▲1一桂成 △同 玉 
  ▲1三香不成△1二銀 ▲同香成  △同 玉  ▲1四香  △1三飛 
  ▲同香成  △同 玉  ▲2四銀  △1二玉  ▲1三飛  △2一玉
  ▲2三飛成 △同 角  ▲1三桂  △1一玉  ▲2三王  △4四銀 
  ▲2二角    まで25手詰


 収束がいまいちですが、駒数を少なく出来たので、よしとしましょう。

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