『蘇我氏四代の冤罪を晴らす』 遠山美都男 (学研新書)

プロローグ 蘇我氏四代を裁けますか?
第一章   蘇我氏は百済系の渡来人?
第二章   「大臣」誕生――初代稲目(1)
第三章   仏法かく伝われり――初代稲目(2)
第四章   物部守屋との対決――二代馬子(1)
第五章   大王暗殺の大罪――二代馬子(2)
第六章   「日韓共同」飛鳥寺造営――二代馬子(3)
第七章   抵抗勢力としての厩戸王子――二代馬子(4)
第八章   蘇我氏はキングメーカー?――三代蝦夷(1)
第九章   舒明大王の挑戦――三代蝦夷(2)
第十章   「宗我太郎」入鹿は秀才だったのか?――四代入鹿(1)
第十一章  皇極女帝との蜜月、そして暗転――四代入鹿(2)
エピローグ それでも、蘇我氏を裁けますか?
                 (2008年11月28日第一刷発行)

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 何だかやけに力が入ったタイトルです。

   大王暗殺、王位簒奪!?
   古代史最大の悪役・蘇我氏の謎を解明し、その復権を図る


 帯の言葉も力が入っています。当然、執筆動機も力が入っています。

 これら『日本書紀』の記述から、蝦夷や入鹿は大王の地位を窺い、大王家に取って代わろうとしたので滅ぼされたのだといわれ、それが長く信じられてきた。この『日本書紀』の説明は、蘇我氏の本家を貶めるのに決定的な意味をもった。
 なぜならば、この国では、大王の後身たる天皇に逆らった、あるいはその地位を窺った者や一族に対しては、実に容赦のない批判と断罪を加えるという歴史観が長く大きな力をもつことになったからだ。そのため、蝦夷と入鹿は、一般の権力闘争の敗者には決してあびせられない痛烈な批判と断罪を受け続けることになってしまった。
 筆者は、このような批判や断罪から、そろそろ彼らを解放してあげなければと思うようになった。本書は、そのような思いが募って書いた。


 この執筆動機はどうなんでしょう? 小説ならともかく、学説として発表するなら、もう少し抑制を効かせる必要があると思うのですが・・・。単純な善玉論は単純な悪役論の裏返しにしかなり得ません。

 水谷氏は蘇我氏のもつ開明性を高く評価しているのだが、結局、蘇我氏といえば王権簒奪を持ち出さなければ話が終わらないと思い込んでいるかのようだ。これはもう、蘇我氏に対する先入観であり、刷り込みといわざるをえない。(P.23)

 水谷氏は、稲目以前の実在性については、これを疑問視しているようだが、蘇我氏の成立が稲目の時であるとは考えていない。だから、この記事の重要性を看過してしまうのではないかと思われる。(P.47)

 いずれも水谷千秋の『謎の豪族 蘇我氏』(文春新書)に対する著者の見解です。著者の本は何冊か読みましたが、ここまで強い表現はあまり記憶にありません。「蘇我氏復権」への思いが強すぎて、力が入ったのでしょうか? プロローグと第一章からこれでは、この先どうなるのかと心配になりましたが、それ以降はふつうに落ち着いた感じでした。エピローグで『日本書紀』の記述と比較し、本文の内容がまとめられているのが分かりやすくてよかったです。
 
 以上のように見てくるならば、蘇我氏に関するこれまでの言説は(中略)
(A)『日本書紀』にはっきりそう書いてあるもの
(B)『日本書紀』にはっきりそう書いてあるわけではないが、そのように解釈することが可能なもの
に大別することができよう。
 (A)は(中略)明らかに蘇我氏を「逆臣」「悪臣」として貶めようとして捏造された記述といわざるをえない。その(A)が(B)における解釈に影響をおよぼしてしまったところに、従来の蘇我氏言説の問題点があったといえよう。


 「そのように解釈することが可能なもの」があまりに多く、検証が難しいことが、古代史でいろいろな説(・・・奇説・珍説を含む・・・)が現われる原因なのでしょう。この著書の内容もその中の一つの説にすぎませんが、解釈に無理がなく、淡々と語られているので、逆に納得させられるものがありました。
 ただ、「馬子と蝦夷が好人物に描かれているのは持統天皇の意思が介在しているのではないか」という点はよく分かりません。確かに持統天皇の母親は蘇我氏出身ですが、蘇我倉山田石川麻呂の娘。蘇我倉山田石川麻呂といえば、乙巳の変で蘇我本宗家を倒す側に回った人物です。同じ蘇我氏でも、祖父が倒した側の人物を好意的に描こうとするものでしょうか? これも「そのように解釈することが可能なもの」の一つに過ぎないということですね。

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