*** 達谷窟毘沙門堂 ***

 12時過ぎに一関を出発し、途中で毛越寺に寄ろうと県道31号を選択。
 平泉町に入ってすぐの所に、面白そうなのがあったので、立ち寄ってみました。

 達谷窟毘沙門堂です。

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 そもそも、達谷窟(たっこくのいわや)が何かを分かっていなくて・・・。

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 鳥居をくぐってすぐの場所にある「達谷窟毘沙門堂縁起」――。

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 もしかしてというより、当然というべきか、「田村信仰」の田村は、坂上田村麻呂でした。

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 鳥居は三つあり――の説明ですが、「他には見られない特殊な形式」が何を指しているかは分からず・・・。

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 毘沙門堂――。
 中に入ってみると、壁面の一部に岩が食い込んでいました――という表現が適当なのかどうか・・・。

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 毘沙門堂の横にある顔面大佛・・・ですが、どこが顔面なのか、自力では分かりませんでした。

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 自力で見つけることは早々に諦め、パンフレットと照合。
 岩の壁の面積からして、もう少し大きい顔面を想像していたのですが、意外と小さかったです。

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 顔面大佛についての解説――。

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 頼三樹三郎の詩碑。
 誰だか知らなかったですが、頼山陽の息子でした。

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 蝦蟆ヶ池辯天堂――。

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 蝦蟆ヶ池辯天堂の説明――。

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 奉行坊杉――。
 祭事を司る僧を別当奉行といい、その指図により各坊の僧がこの杉に集まったので、このように呼ばれているようです。

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 鐘樓――。

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 姫待不動堂――。

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 いかにも意味ありげな名前ですが、由来はこんなふうに書かれています。

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 少し坂を登ると、金堂が見えてきました。

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 金堂を正面から――。

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 金堂についての説明――。

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 金堂に対面して植えられている、大オッコウ。
 オッコウについてはまったく無知ですが、樹齢500年にしてはずいぶん小ぶりのような・・・。

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 一通り見たので、鳥居をくぐって外へ――。

 御供所は自由に入れるようなので、入ってみました。
 とはいえ、何をする場所なのか、そもそも読み方も分からず・・・。

 Wikipediaにありました。

 御供所 - 寺社に属して御供を調える場所

 読み方は、ごくうしょ、ごくしょ、ごごしょ、ごぶしょ、いろいろあるようですが・・・。

 中は無人ですが、かまどに火が入っていました。

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 まったく予定になかった、達谷窟毘沙門堂。なかなか興味深かったです。
 ただし、あまりにも知らないことが多すぎたのが残念。毛越寺と合わせ、復習が必要ですね。。

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