『ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍 2』 塩野七生 (新潮社)

 『ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍』の文庫・第2巻。 

    反撃の狼煙をあげるキリスト教勢力
    海軍の創設、シチリア再征服、そして十字軍結成――!
    『ローマ人の物語』の衝撃的な「その後」


 イスラムの海賊に押されっぱなしだった第1巻に比べると、帯にあるように、キリスト教側も海軍で対抗するなど、反撃に転じます。
 それでも、パクス・ロマーナが戻ることはなく、海賊に拉致されて、奴隷の身分に落ちてしまうキリスト教徒は後をたたず、その救出を目標に掲げた二つの団体が結成されました。
 修道士によって構成された「救出騎士団」と騎士によって結成された「救出騎士団」。
 どちらも初めて知りました。。

 なので、断言出来ないのですが、この二つの文章は矛盾しているような・・・。

 「救出騎士団」の記録によれば、このときの救出行は九回目であったという。ならば、一二二二年から始まって一二二八年までの六年間に、九回もの救出行が実施されていたことになる。騎士たちはいずれも良家の子弟だったが、気力と体力も十分な若者でもあったのだった。
 しかし、この数年後、別の不祥事が起る。今度はドン・ノラスコが、イスラム教徒からの怒りを浴びることになった。(P192)


 「救出騎士団」は、この後もノラスコに率いられて活動をつづけたが、設立時からこの事件の起った年までの六年間だけでも、三〇回におよぶ救出行を成功させている。(P199)

 「救出騎士団」の設立は1218年で、実際に初めて救出を行ったのは1222年。
 六年間で行った救出行は9回だったのか、30回だったのか・・・。

 しかも、初めの引用の「数年後の不祥事」の続きとして第二の引用があるのに、「六年間」という数字は変わっていません。もっというと、設立から1222年までに4年経過しているので、「設立時からこの事件の起った年まで」が六年間であれば、1224年から1226年の2年間で30回の救出行を行ったことになるのですが・・・。

 もう一つ、この付近で明らかな矛盾があったような気がしたのですが、忘れました。
 再読した時に見つけられれば、追加しておきます。。

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第二章 「聖戦」(ジハード)と「聖戦」(グエッラ・サンタ)の時代
  海賊行つづく  「海賊に抗するには海軍で」の時代の始まり  ノルマン人がやって来た!
  イタリアの海洋都市国家  アマルフィ、ピサ、そしてジェノヴァ  ヴェネツィアの海賊対策
  「十字軍」時代  「やられない前にやる」  最後の十字軍  イタリアの経済人たち
  交易商品  サハラの黄金
第三章 二つの、国境なき団体
  「救出修道会」  「救出騎士団」
 図版出典一覧
                      (平成26年8月1日発行)

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 第1巻は右手に剣、左手にコーランばかりでしたが、キリスト教側の反撃に対応し、第2巻では少ないにしても右手に剣、左手に聖書も数回、出てきます。
 そんなわけで(?)関係ないですが、右手には情熱を掲げ 左手で君の手を引く をリンク追加――。
 Youkuでフルバージョンを見つけた記念、です。

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