『アジア冷戦史』 下斗米伸夫 (中公新書)

 カバーに書かれている本書の概要――。

 アジアの近代は、国民国家の成立を待たずに帝国主義の支配に従い、次いでただちに社会主義の洗礼を受けた。このため、ヨーロッパでの東西対立のような国家関係が存在しなかった。こうした、この地域独特の多極的な力関係や歴史的背景を抜きにしてアジアの冷戦は語れない。本書は、ソ連崩壊前後に公開された機密文書、重い口を開いた証言などを綜合して、アジアでの冷戦の誕生から終焉までをたどるものである。

 「終焉」とありますが、北朝鮮は(「本来の社会主義」なのかは置いといて)相変わらず存在しています。

 朝鮮半島がどうなるのか、南北統一が急進的に行われるのか、それとも漸進的に進むのかの予測は不可能である。一九九四年に後継者となった金正日は「私に変化を期待するな」と言ったが、その後一〇年間、北朝鮮では、ロシアどころか中国でも見られた改革さえも一度も行われなかった。〇二年夏に試みられた価格改定などの施策も、従来の枠組みの微調整にすぎなかった。
 しかし北朝鮮がこのままでさらに半世紀持続するとは考えられず、したがって早晩大きな変動は不可避である。ロシアのアジア学者ルキーンは、「クレムリンから見て、北朝鮮体制は破滅を運命づけられており、その時期は五年先か、一〇年先か一五年先かで、世界地図から北朝鮮は消滅すると見ている。かわって統一朝鮮が、人口的にも経済的にも英仏に匹敵する大国として現われる。その基礎となるのはむろん北朝鮮ではなく(中略)韓国である」と指摘する(『世界政治と国際関係』二〇〇二年、六号、六五ページ)。 (P189-190)


 この本が発行されたのは2004年ですが、あれから10年経っても何も変わらず・・・。クレムリンからでなくても破滅は確定的とはいえ、どういうシナリオで事が進むのか、なかなか見えません。

 その北朝鮮は、ソ連の強い影響を受けて誕生したわけですが・・・。

 ただし、占領行政は、東アジアでのソ連の関与の目的と同様、必ずしもイデオロギーに基づくものではなく、むしろ地政学的な関与の結果であった。前章でも述べたように、そもそも朝鮮半島やその国家の社会主義化、人民民主主義とはモスクワが予期しないことであった。事実、四五年九月にスターリンが下した朝鮮半島北部での占領方針とは、「反日民主勢力を基礎としたブルジョワ民主主義的権力」の自立であったにすぎなかった。(P66)

などの部分はかなり意外。ほかにも、

 ・中国の内戦時の初期、ソ連は中国共産党より、蒋介石の国民党とのつながりが深かったこと。
 ・中ソ対立以降は、中国よりもソ連のほうが西側と宥和的であったこと。
 ・旅順、大連へのソ連軍の駐留を中国側が容認し、台湾開放の拠点として利用しようとしていたこと。

など、知らないと直感的に???と思うようなことがいくつかありました。

 アジアにはヨーロッパとは違う状況が多くあり、これが社会主義国のその後が東西で大きく異なる理由になっているのだと、腑に落ちた感じです。

 アジアを読んだので、次は『東欧革命』を・・・と思ったのですが、行方不明。
 掃除しながら探してみます。。

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  はじめに
第一章 アジア冷戦の始まり
 一、イデオロギー・地政学・核をめぐる「冷たい戦争」
 二、ヤルタ協定から冷戦へ  三、スターリンの冷戦外交  四、核問題の出現
第二章 中国革命と中ソ同盟(一九四九-六〇)
 一、ヤルタ体制と東アジア――スターリンのジレンマ
 二、ソ連共産党と中国共産党  三、中国内戦と中国東北部  四、アジアの同盟論議  
 五、中華人民共和国の建国と同盟  六、日本への影響――共産党の分裂
第三章 北朝鮮――建国・戦争・自主
 一、ソ連と北朝鮮  二、占領権力と北朝鮮エリート  三、朝鮮戦争の原因  四、戦争の過程と結果
 五、朝鮮戦争とサンフランシスコ講話――日米同盟へ  六、戦後の北朝鮮――一九五六年危機
第四章 ソ連とアジア、偽りの同盟(一九五四-六四)
 一、スターリン死後  二、同盟再定義  三、スターリン批判とアジア――遠心化・分権化
 四、「帝国」の再編  五、核問題をめぐる同盟危機  六、中ソ論争――武装対峙状況
 七、モンゴル問題――「ソ連の一共和国」化  八、北朝鮮との同盟
第五章 中ソ冷戦とアジア冷戦(一九六四―八四)
 一、変貌するアジアの政治環境――二つの冷戦  二、文化大革命の混乱――毛沢東の人民戦争論
 三、ベトナム戦争の影  四、中ソ戦争――社会主義国間の軍事衝突
 五、米中、日中の和解――ニクソンと田中の訪中  六、毛の死後、中ソ接近――和解へ動く
 七、アフガニスタン侵攻――新冷戦への転換
 八、ブレジネフの死からアンドロポフ改革へ――ペレストロイカの前兆
第六章 ソ連の崩壊とアジア
 一、ペレストロイカとソ連崩壊――ゴルバチョフの賭け  二、中ソ・中ロ関係の新展開
 三、北朝鮮――孤立から危機へ  四、グローバル化する韓国――北朝鮮に水をあける
 五、ベトナムのドイモイ(刷新)――保守的改革の試み  六、モンゴルの苦悩――一党支配の崩壊
第七章 二一世紀のアジア
 一、アジアの構造変容  二、ロシアのアジアシフト  三、核拡散と朝鮮半島
 四、9.11事件、イラク戦争とアジア  五、六者協議というメカニズム
  あとがき  アジア冷戦史略年表  参考文献  人名索引
                          (2004年9月25日発行)

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