『コンピュータVSプロ棋士』 岡嶋裕史 (PHP新書)

 『コンピュータVSプロ棋士』というと、2007年の渡辺竜王vsボナンザの一戦が知られていますが、本書はそれから3年、昨年10月に行われた清水女流王将vsあから2010までの経過を中心に、将棋ソフトの進歩と今後の課題などを描いています。
 著者の本を読むのは4冊目ですが、将棋関連は初めて。
 そういえば、本書を読む直前の9ヵ月前に読んだ『アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ』の中には、こんな一文がありました。

   将棋の羽生四冠が言うところの、「主戦場を、相手の主張から一路ずらす」戦い方である。

 突然、羽生四冠が出てきてびっくりしましたが、将棋が趣味だったんですね。
 そのせいか、システム関連についてのいつもの本に比べると、筆が滑らか・・・というか滑りすぎ?!
 選択的探索の解説では、こんな自虐的な部分が・・・。

 選択的探索の前に、全幅探索――。
 下の図はクリスマスの準備の行動と結果の組み合わせを網羅したもの、だそうです。

                                → 肘鉄で骨折した
                  → 女性を誘おう ―  → 無視された
                 |              → セクハラで訴えられた
                 |
                 |             → 待ち合わせに来なかった
  クリスマスの準備! ―  → 男を誘おう  ― → 喧嘩になった
                 |             → 恋愛感情が芽生えた
                 |
                 |              → 枕でも新調するか
                  → 1人で過ごそう ― → アニメのDVDでも買うか
                                → ゲームでも買いに行こう


 「女性を誘おう」と「男を誘おう」をたどると「結果」になりますが、「1人で過ごそう」をたどった「・・・するか」「・・・買うか」「・・・買いに行こう」は「結果」と言えるのか? というのはさておき、ここから自虐開始。。

 私は友だちが少ないので、誘うべき男などいない。女性に至っては、どこの星の生き物だ、ほんとうに実在するのか、都市伝説ではないのかという体たらくである。したがって、この木の中では、そもそも「1人で過ごそう」という選択肢しか選ぶことができない。(略)
 すると、先ほどの木のうち、「男を誘おう」と「女性を誘おう」の枝は刈ってしまっていいことになる。私のクリスマスにおいて、これらの行動は殴られたり無視されたりする結果を導くだけの手であるから、実行しない。実行しない行動について考えることはない。
 すると、大きく広がっていた木の枝のうち、二つの枝が占めていた部分は読むために辿る必要がなくなり、「読み」の幅を狭めることができた。これは読むために費やす時間の大きな短縮につながる。これを選択的探索という。枝を刈ってから、残りの木の枝を辿ろうとするからだ。(P78)


 そんな訳で、この図が・・・。

                                → 肘鉄で骨折した
                  → 女性を誘おう ―  → 無視された
                 |              → セクハラで訴えられた
                 |
                 |             → 待ち合わせに来なかった
  クリスマスの準備! ―  → 男を誘おう  ― → 喧嘩になった
                 |             → 恋愛感情が芽生えた
                 |
                 |              → 枕でも新調するか
                  → 1人で過ごそう ― → アニメのDVDでも買うか
                                → ゲームでも買いに行こう


 選択的探索と全幅探索の違い、よく分かりました・・・とはいえ、ここまでしなくても・・・
 もっとも、ほとんどはふつうの(?)文体で、こんなに自虐的な文章はほかにありません。

 ・・・と思ったら、あとがきにありました。

 私が最初に将棋ソフトに触れたのは、10歳のときだったと思います。(略)
 将棋が好きで千駄ヶ谷の将棋会館によく通っていたのですが、(友だちがいなかったので)1人で通うのは寂しいなあと思っていたのと、将棋会館道場の席料は小学生にはそれなりの出費だったので、3000円ならすぐにペイできるだろうと考えたのです。(P194)


 次に将棋ソフトを買ったのは中学生に上がった頃で、指してくれる相手がいなくて(友だちがいなかったので)、秋葉原に行って「棋太平」というのを購入したのですが、もうこの段階で五分五分になっていました。(P195)

 何も最後まで・・・。
 解説は分かりやすかったのですが、著者の感情の起伏(?)が感じられる文章でした。
 ほかの著書はこんな感じではなかったような・・・。
 持っている3冊を読み返し、確認してみます。

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第1章 渡辺竜王との夢の対局
第2章 ディープブルーが勝利した日
第3章 将棋ソフトが進歩してきた道
第4章 「手を読む」と「局面を評価する」は違う
第5章 局面をどう評価するか
第6章 清水市代女流王将VS「あから2010」
第7章 名人に勝つ日
                    (2011年2月1日第1版第1刷)

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 年明けには、米長永世棋聖(日本将棋連盟会長)自らがソフトと対戦するとのこと。
 どんな将棋になるかはもちろん、どんな言葉を残すかも楽しみです。

 本書に引用されている清水女流王将の言葉――。

 記者会見で清水は、「コンピュータと指してもなんの感情も生まれないのでは、と考えていたが、それは間違いだった」と語った。一手一手に開発者の想いが込められていて、自分も熱くなれた、と。(P174)

 あから2010との対戦の約半月後に女流王将のタイトルを失い、今は無冠ですが、こういう言葉に長い間、第一人者として君臨してきたことの重みを感じます。


         ・清水市代女流王将VSあから2010・特設サイト
         ・「米長邦雄永世棋聖vsボンクラーズ プロ棋士対コンピュータ将棋電王戦」のお知らせ!

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