『ローマ人の物語 42 ローマ世界の終焉〔中〕』 塩野七生 (新潮文庫)

 文庫本も残すところ、あと2冊。41巻・『ローマ世界の終焉〔上〕』を読んだ勢いで、この42巻・『ローマ世界の終焉〔中〕』もわりと短期間で読み終えました。
 勢いで読んだわりに(!?)、矛盾と思われる箇所も発見出来たりして・・・。
 まあ、数ページしか離れていないので、これくらいなら見つけられます。

 まず、東のエジプトからはヘラクリウス将軍率いる軍勢が西に進軍し、キレナイカを通って東からカルタゴに迫る。(P184)

 西から陸路カルタゴに迫っていたヘラクリウス将軍率いる軍勢だが、これも、ときを置かずに攻勢に出てきたヴァンダル族に行手をはばまれる。(P188)

 「西に進軍」ということは、東から西へ進むわけで・・・。
 「西から迫っていた」の部分とつじつまが合いません。。
 読み返すと、間にこんな一文がありました。

 戦場体験のない彼には、戦闘なしで目的を達せるのは何よりもの魅力であったし、また、東から陸路接近中のヘラクリウスや海路接近中のマルケリヌスなしでも勝てるという想いくらい、彼の虚栄心を刺激することもなかったのである。(P186)

 「東から陸路接近中」と「西に進軍」は同じことを示しています。
 状況から考えても、「西から迫っていた」の記述が間違っているのでしょう。
 これらの部分は、東ローマ帝国と西ローマ帝国が共闘して、北アフリカのヴァンダル族を攻めた時の様子。ローマ軍の混乱が、筆者に伝染したとしか思えないような記述です。。

 それにしても、北方民族だったヴァンダル族が、ライン河~ガリア~ピレネー山脈~ヒスパニア~ジブラルタル海峡を経て、北アフリカに王国を作るとは・・・。ローマ帝国側が蒔いた種とはいえ、興隆期ならばこんな事態にはならなかったはず。うまくいかなくなると、どこまでもうまくいかなくなる、の典型なのでしょうか。
 そして、「最後の二十年」を迎えます。

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第二部 ローマ帝国の滅亡(紀元四一〇年-四七六年)
  覇権国の責務  進む蛮族化  「三分の一システム」  東ローマ帝国  女と権力
  「軍司令官」たち  「軍司令官」ボニファティウス  ヴァンダル族  聖アウグスティヌス
  「軍司令官」アエティウス  瓦解  フン族  アッティラ  シャンパーニュの会戦  ヴェネツィア誕生
  自壊  再度の「ローマ劫掠」  最後の二十年  東西最後の共闘  ローマ帝国滅亡
                  (平成23年9月1日発行)

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屈辱的な首都の劫掠の後、帝国の本国たるイタリア半島には一時的な平和が訪れた。ガリアでの地歩を固めたい蛮族が共食い状態になったためだ。しかし、ホノリウスが長い治世を無為に過ごして死んだのち、権力は皇女や軍司令官らの手を転々と渡り、二年にもわたる内戦状態にさえ陥った。そして運命の四七六年、皇帝が蛮族に手によって廃位され、西ローマ帝国は偉大なる終わりの瞬間をもつこともなく、滅亡の時を迎えることになった―。

 「最後の二十年」の冒頭には、このように書かれています。

 一国の最高権力者がしばしば変わるのは、痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを始終変える病人に似ている。西ローマ帝国が滅亡した後もなぜ東ローマ帝国のほうは存続できたのか、に対する答えは、左の表にすべてある。東ローマ帝国に問題がなかったのではない。問題は西方と同じに多かったのだが、それに対処する人が落ちつけて対処できた点は大きかった。現代的に言えば、政局安定である。現代でも、選挙で選ばれた大統領や首相に、五年から七年の任期を保障するのもそのためだろう。(P168)

 「最後の二十年」に登場する、西ローマ帝国の皇帝は九人。
        ※ 西ローマ帝国(Wikipeida)

 ずいぶん多いような感じがしますが、日本の首相に比べると・・・。
 20年・・・ではなく、平成に入ってから(1989年~)の首相を並べてみました。

     竹下登 宇野宗佑 海部俊樹 宮澤喜一 細川護熙
     羽田孜 村山富市 橋本龍太郎 小渕恵三 森喜朗
     小泉純一郎 安倍晋三 福田康夫 麻生太郎 鳩山由紀夫
     菅直人 野田佳彦

        ※ 内閣総理大臣の一覧(Wikipedia)

  約23年で17人! 政局が安定しないのは、制度の問題なのか、それとも・・・。

 ものはついでなので(?)、1989年以降の大統領・首相の数を、G7(・・・今はロシアを入れて、G8ですが・・・)のほかの国と比べてみました。

 まずは、アメリカ大統領。

   ロナルド・レーガン ジョージ・H・W・ブッシュ ビル・クリントン ジョージ・W・ブッシュ バラク・オバマ
        ※ 歴代アメリカ合衆国大統領の一覧(Wikipedia)

 たった5人。でも、レーガン大統領の任期は1989年1月20日までだったので、実質4人。

 アメリカと同じく、イギリスも5人。これくらいの数なら、覚えられます。

   マーガレット・サッチャー ジョン・メージャー トニー・ブレア ゴードン・ブラウン デーヴィッド・キャメロン
        ※ イギリスの首相の一覧(Wikipedia)

 カナダも5人。あっ、5人でも、これはなかなか覚えられないです。。

   ブライアン・マルルーニー キム・キャンベル ジャン・クレティエン
   ポール・マーティン スティーヴン・ハーパー

        ※ カナダの首相(Wikipedia)

 フランスはたった3人。

   フランソワ・ミッテラン ジャック・シラク ニコラ・サルコジ
        ※ フランスの大統領(Wikipedia)

 ドイツも3人だけ。

   ヘルムート・コール ゲアハルト・シュレーダー アンゲラ・メルケル
        ※ ドイツの首相(Wikipedia)

 首相が頻繁に変わる印象のあるイタリアでも日本よりは少なく、のべ12人(実質8人)。

   チリアーコ・デ・ミータ ジュリオ・アンドレオッティ ジュリアーノ・アマート カルロ・アツェリオ・チャンピ
   シルヴィオ・ベルルスコーニ ランベルト・ディーニ ロマーノ・プローディ マッシモ・ダレマ
   ジュリアーノ・アマート シルヴィオ・ベルルスコーニ ロマーノ・プローディ シルヴィオ・ベルルスコーニ

        ※ イタリアの首相

 イタリアにはかつて、「おはよう、今日の総理は誰?」というジョークがあったそうですが、今やこれに一番当てはまるのは、日本かもしれません。
 「最後の二十年」にならないよう、政治家を選ぶにも、ちゃんと責任を持たなければ・・・ということですね。

 話が思いっきりそれましたが・・・、紀元476年、ローマ帝国は静かに滅亡しました。
 漠然と、激しい攻防戦の末の滅亡と思っていたので、意外な感じ。
 まあ、派手な事件がなければ、区切りがつかない、というわけでもないので・・・。

 いよいよ、残りは一冊。読み終えたいような、そうでないような・・・。

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