『ローマ人の物語 43 ローマ世界の終焉〔下〕』 塩野七生 (新潮文庫)

 『ローマ人の物語』の文庫本の刊行が始まったのは、今から9年前のこと。
 先週、最後の43巻をついに読み終わりました。さすがに、感慨深いですね。

 単行本を読んでいなかったので、どのくらいの長編か知らなかったのですが、まさか43冊になるとは・・・。
 もっとも、知らなくてよかったのかもしれません。知っていたら、ハナから読まなかったはずですから。

 最初は知識がまったくないので、読むのにやたらと時間がかかりましたが、過去の蓄積が増えるにつれ、だんだん速く読めるようになり・・・。今年出た3冊は、10日ほどで読み終えました。
 速く読めるようになっただけでなく、矛盾も発見できるようになったりして・・・って、これは知識云々とはまったく関係なく、算数の問題です。。
 ユスティニアヌスについて書かれた次の部分。

 伯父ユスティヌスの治世は彼が三十四歳から四十五歳までの九年間だったが、初めの数年はともかくとしてその後の六年間の実際の統治は、皇帝の甥が行ったと言われていた。(P107)

 45-34=9 ・・・では、ありません。。

 Wikipediaによると、ユスティヌスが皇帝の地位にあったのは、518年 - 527年。ユスティヌスの治世が「九年間」だったのは、正しいようです。
 また、ユスティニアヌスの生没年は483-565年なので、518年は34歳または35歳。527年は43歳または44歳。ユスティヌスの治世が「三十四歳から四十五歳まで」ということはありえませんが・・・。
 単行本もおそらくこの表現だったと思いますが、どこからも指摘がなかったのでしょうか?

     ・ユスティヌス1世
     ・ユスティニアヌス1世

 間違いではないですが、よく分からなかったのが、東ローマ帝国の呼び方。

 ところが、もはやビザンチン帝国と呼ばれるのが適切な東ローマ帝国で普及していたのは、ギリシア語のほうであったのだ。(P118)

 この文より前は「東ローマ帝国」で統一されていたのに、これ以降はほぼ「ビザンチン帝国」。
 いったい何が変わったのでしょうか?

 Wikipediaの「東ローマ帝国」には、次のような記述がありました。

「ビザンツ」「ビザンティン」は、すでに帝国が滅びて久しい19世紀以降に使われるようになった通称である。これらの通称はあくまでも古代から1453年まで続いたローマ国家の一時期を指すもので、以下に述べるように、いわゆる「古代ローマ帝国」とは文化や領土等の面で違いが顕著であるため便宜上用いられているにすぎない。日本語での呼称は、歴史学では「ビザンツ」が、美術・建築などの分野では「ビザンティン」が使われることが多い。「ビザンティン」は英語の形容詞 Byzantine に、「ビザンツ」はドイツ語の名詞 Byzanz[2] によるもので、いずれも首都コンスタンティノポリスの旧称ビュザンティオンに由来している。

 ローマ的なものが失われ、コンスタンティノープルを中心とした専制的な国家に変わったということで、「東ローマ帝国」とは呼びにくい、ということなのでしょう。もっとも、当時は「ビザンチン帝国」と呼ばれていた国はないわけで、この辺りは少しややこしいですね。

--------------------------------------------------------------------
第三部 「帝国以後」(紀元四七六年-)
  オドアケル  共生路線  ブリタニア・「帝国以後」  ガリア・「帝国以後」 s ヒスパニア・「帝国以後」
  北アフリカ・「帝国以後」  「パクス・バルバリカ」(蛮族による平和)  棲み分け  テオドリック
  イタリア進攻  東ゴート王国  敗者の活用  忠臣カシオドロス  「東」の長い手
  「パクス・バルバリカ」の終わり  学園  修道院  ユスティニアヌス大帝  『ローマ法大全』
  聖戦思想  将軍ベリサリウス  アフリカ進攻  ヴァンダル王国壊滅  イタリア進攻  ゴート戦役
  ローマ攻防  将軍ナルセス  ラヴェンナ落城  戦役再開  終戦  イタリアの死
  べリサリウスの死  ユスティニアヌスの死
 読者に
  コインで見るローマ帝国の変遷
                  (平成23年9月1日発行)

--------------------------------------------------------------------

西ローマ帝国の皇帝位を廃したオドアケルののち、テオドリック、テオダトゥスと、ゴート族の有力者がイタリア王を名乗り、統治を開始した。これに対して、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスはヴァンダル族の支配する北アフリカ、続いてイタリアへと侵攻した。しかし、この17年にも及ぶ東西の攻防のいずこにも、ローマ人の姿はない。ローマ人はもはや地中海世界の主役ではなかったのである。空前絶後の世界帝国は、消え果ててしまったのだ。

 目次にあるように、この43巻は西ローマ帝国が「静かに」滅亡した後の話。戦いの舞台はローマを含むイタリアですが、帯の文章にあるように、攻める側も守る側も主役はローマ人ではありません。
 分からないながらも、文庫本43冊分・1000年以上のローマの歴史を追ってきた自分としては、信じられない感じ。ただ、ローマらしさが失われるような変化が積み重なった結果であることも事実。「必然」とは言わないまでも、決して「偶然」ではないのでしょう。

 歴史には、進化する時代があれば退歩する時代もある。そのすべてに交き合う覚悟がなければ、歴史を味わうことにはならないのではないか。そして、「味わう」ことなしに、ほんとうの意味での「教訓を得る」こともできないと信じている。

 冒頭の「カバーの金貨」の一文ですが、全43冊を読むことによって、ローマが進化する時代・退歩する時代に付き合ったことになります。読むことに精一杯で、とても「味わう」ところまでいきませんでしたが・・・。
 去年のように半年くらいかけて、また通読してみたいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック