『小泉革命 ――自民党は生き残れるか』 読売新聞政治部 (中公新書ラクレ)

 ちょうど10年前のきょう、えひめ丸の沈没事故がありました。時の首相は森喜朗――。

 2001年2月10日朝。東京・瀬田の私邸を午前9時前に出発した森喜朗首相は、弾む気持ちを抑えられなかった。前年の大みそかを最後に我慢していたゴルフにようやく出かけることができたからだ。
   (略)
 15番ホールに入った午前10時50分、森氏の警護官の携帯電話が鳴った。
「ハワイで宇和島水産の練習船が米国の原子力潜水艦と衝突、沈没。25人は救助」
 宇和島水産高校実習船えひめ丸と米原潜グリーンビルの衝突事故を告げる首相秘書官からの緊急連絡だった。
   (略)
 この日、福田康夫官房長官と伊吹文明危機管理担当相は、それぞれの地元に帰省中。休日の事件事故の真っ先に対応する留守番役を引き受けた安倍晋三官房副長官も、首相官邸入りしたのは午後1時過ぎ。自宅に立ち寄り、ゴルフウェアを着替えた森氏が官邸に到着したのは、一報から約3時間半後の午後2時過ぎだった。
「すぐに飛び込んで来て、ばたばた慌ててもしょうがない。万全の体制をとった」
 森氏は記者団に強調したが、事故の連絡を受けてもゴルフを続行した悪印象は決定的だった。(P12-14)


 すでに支持率が低下していた森首相ですが、この件で森降ろしの動きは決定的になり、まさかの小泉首相誕生の動きへとつながりました。「まさか」というのは、大げさな表現ではありません。従来の派閥力学ではありえなかった選択肢。特に、経世会が橋本氏擁立でまとまらかなったのが印象的でした。

 4月9日午後、橋本派事務所で行われた幹部と衆院当選1、2回議員の意見交換では、下地幹朗氏(当選2回)が「会長はご遠慮した方がいい。世代交代を進めるべきだし、派閥会長が出るのはイメージが悪い。今は派閥のあり方が問われている」と発言。新藤義孝氏(同)も「派閥次元でまとめるのはやめてほしい。まずは政策をはっきりさせるべきだ」と続いた。
 梶山弘志氏(当選1回)は「わが派からは今回は候補を出すべきではない」と発言した。
 大村秀章氏(当選2回)は「派閥の締めつけはやめるべきだ」と主張し、意見聴取を終えた後も、記者団に「新聞は橋本会長で決まったように書いているけど、我々には突然聞こえてきたような話なわけで、そう簡単に従うことはできない」と言い切った。(P43-44)

 橋本氏の正式出馬表明の場となった12日朝の橋本派総会は、議員本人の欠席が約20人にのぼった。下地、大村両氏ら若手6人は橋本氏擁立に不服であることが理由であることを明言した。(P48)


 10年経ち、自民党を離党した下地氏は国民新党の幹事長に――。
 日曜日の産経新聞の記事です。

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国民新・下地幹事長「政権否定の声の可能性」 トリプル投票
産経新聞 2月6日(日)20時45分配信
 国民新党の下地幹郎幹事長は6日夜、愛知県知事選と名古屋市長選で民主党系候補が敗れたことについて、「単に選挙に負けたという以上に深刻な結果だ。(国民が)民主党と国民新党の連立政権を否定しているのではないかという厳しい認識を共有し、戦略を再構築すべきだ」とのコメントを出した。

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 この記事の写真のキャプションは・・・。

   愛知県知事選挙で、当選が確実となり、あいさつする大村秀章氏

 10年経って、自民党を除名された大村氏は愛知県知事に――。
 自民党が支持する候補などを破っての圧勝でした。
 以下は日曜日の時事通信の記事です。

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菅政権に痛手=執行部の責任問う声―「民主王国」で大敗
時事通信 2月6日(日)20時20分配信

 民主党は6日の愛知県知事選、名古屋市長選でともに敗北、菅直人首相にとって大きな痛手となった。4月の統一地方選に向け、首相や岡田克也幹事長の責任を問う声が上がっており、首相の求心力が一段と低下するのは必至。2011年度予算案と関連法案を成立させる展望も開けておらず、政権運営は険しさを増している。
 両選挙とも、県民税、市民税の大幅減税を掲げた候補が民主、自民両党など既成政党の推薦候補を大差で破った。民主党の石井一選対委員長は6日夜、党本部で記者団に「責任を痛感している」と述べる一方で、「台風みたいなものがあった」と指摘。首相の責任論については「そこまで問題が発展するとは思わない」と語った。
 愛知県は、2009年夏の衆院選で15小選挙区全てを同党が制した「民主王国」。にもかかわらず、知事選では自民推薦候補の後塵(こうじん)も拝する結果となり、衝撃は大きい。小沢一郎元代表に近い議員は「結果責任と説明責任は厳しく問われる」と指摘。党内では「このままで統一地方選を迎えられるのか」(若手)との危機感も広がっている。
 民主党は、菅首相の下で大敗した昨年夏の参院選以降、主要な地方選挙で敗北が続いている。「負の連鎖」を断つため、岡田氏は党所属全国会議員に一度は愛知県入りするよう指示。岡田氏自身も1月20日の知事選告示以降、4度にわたって愛知入りするなど総力戦を展開したが、及ばなかった。 

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 同じ日に名古屋市長戦で当選したのが河村氏。
 元民主党ですが、民主党推薦の候補などを破っての圧勝でした。

 元民主党の河村氏と元自民党の大村氏がタッグを組み、ともに圧勝。
 10年経てば、変わるものです・・・というのをもう一つ見つけました。

 また、麻生氏は、土壇場で河野氏が自重を促したことに不信感を抱いているとされる。麻生氏周辺は「麻生氏には、河野さんを飛び越えて総裁選に出ることに何の後ろめたさもない」と打ち明ける。麻生氏が個人的に親しい堀内派の古賀誠前幹事長と連携を深めるとの見方も強く、河野氏からの独立を本気で指向し始めたという観測は絶えない。(P149)

 麻生氏と個人的に親しい古賀氏!
 2007年の安倍首相辞任時には福田支持をいち早く表明し、麻生太郎包囲網を作りましたが・・・。
 そして、今度は・・・。以下、少し前の産経新聞の記事です。

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福岡知事選、蔵内氏も出馬表明 麻生氏vs古賀氏で県連分裂  2011/01/28 10:10更新

 今春の福岡県知事選で複数の自民党県議らから出馬を要請されている党県議団会長、蔵内勇夫氏(57)は28日朝、立候補の意向を正式に表明した。同県筑後市の事務所で産経新聞などの取材に答えた。

 知事選には、麻生太郎元首相(衆院福岡8区)が推す元内閣広報官、小川洋氏(61)が27日に出馬表明し、自民党県連に推薦願を提出。これに対し蔵内氏は、小川氏擁立に反発する古賀誠元幹事長(衆院福岡7区)らから支援を受けるとみられ、党県連が二分される可能性が高まった。 (以下略)

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 10年経てば・・・ほかにも、こういうのはたくさんあるのでしょう。

 話は前に戻り――。
 河村氏と大村氏が当選後に会談したのが首相や民主党執行部と対立しているこの人。
 火曜日の読売新聞の記事の記事です。

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小沢氏、河村市長・大村氏と会談…連携を確認
読売新聞 2月8日(火)21時7分配信

 民主党の小沢一郎元代表は8日、国会内で名古屋市長選と愛知県知事選に当選した河村たかし同市長と大村秀章氏と約1時間会談した。
 河村、大村両氏が当選のあいさつで訪れた。河村氏が「減税をやらないといけない」と訴えると、小沢元代表は「そうだ。新進党の時に減税を言ったのは俺だ。やればできる」と応じ、今後の連携も確認した。
 小沢元代表は、同党の岡田幹事長が名古屋市長選を巡り、「減税の恩恵を被る人がどれだけいるのか」などと河村氏の減税政策を批判してきたことに関連し、「(批判を)言えば言うだけ民主党の票を減らした。仲間を大事にしないで政権を運営できない」と厳しく指摘した。
 会談を巡っては、小沢元代表が強制起訴を巡る処分問題で岡田氏と対立している中だけに、「小沢氏は勢いがある河村氏らとの連携をアピールし、執行部をけん制した」との見方が強い。 .

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 この先、いったいどうなるのでしょうか・・・。
 自民党にしても、新進党にしても、自由党にしても、親小沢vs反小沢が対立軸で、新進党と自由党は解党・分裂しましたが、結局のところ、民主党になっても対立軸は変わりません。10年前、小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す!」と絶叫しましたが、先に壊れそうなのは民主党のような・・・。

 この10年、首相は小泉→安倍→福田→麻生→鳩山→菅と6人も変わりましたが、菅内閣も今の迷走ぶりからすると、先は長くなさそうです。
 比べるのもなんですが、エジプトのムバラク大統領が大統領に就任したのは、1981年10月。
 時の首相は鈴木善幸! あれからいったい何人変わったかというと・・・。

    鈴木善幸 → 中曽根康弘 → 竹下登  →  宇野宗佑  → 海部俊樹  → 宮澤喜一
 → 細川護熙  → 羽田孜  → 村山富市  → 橋本龍太郎 → 小渕恵三  → 森喜朗
 → 小泉純一郎 → 福田康夫 → 麻生太郎 → 鳩山由紀夫 → 菅直人

 なんと17人! ムバラクと菅直人、どちらがその地位に長くとどまれるでしょうか。。

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第1章 小泉政権誕生
第2章 なぜ都市部で惨敗したか
第3章 もたれあう政と業
第4章 変わるか派閥政治
第5章 加藤の乱とは何だったのか
第6章 政党不信の嵐の中で
            (2001年6月10日初版 2010年6月15日再版)

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