『ローマ人の物語 40 キリストの勝利〔下〕』 塩野七生 (新潮文庫)

 ついに、キリスト教が勝利――。ユリアヌスの死後、反キリスト教の政策は見直され、テオドシウスによってキリスト教が国教と定められました。
 その経過が描かれている下巻は、目次からも『キリスト教の勝利』が明白。これまでは皇帝の名前がありましたが、この下巻での皇帝は脇役扱い。主役は司教のアンブロシウスです。
 恥ずかしながら、アンブロシウスの名前はこの本で初めて知りました。ミラノの守護聖人ということで、スカラ座のシーズン幕開けが12月7日なのは、聖アンブロシウスの祝祭日に由来するそうです。

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第三部 司教アンブロシウス(在位、紀元三七四-三九七年)
  蛮族出身の皇帝  フン族登場  ハドリアノポリスでの大敗  皇帝テオドシウス
  蛮族、移住公認  親キリスト教路線の復活  「異教」と「異端」  「異端」排斥
  「異教」排斥  論戦  キリストの勝利(異教に対して)  キリスト教、ローマ帝国の国教に
  キリストの勝利(皇帝に対して)  東西分割
                  (平成22年9月1日発行)

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ユリアヌスは数々の改革を実行したが、その生涯は短く終わる。政策の多くが後継の皇帝たちから無効とされ、ローマのキリスト教化は一層進んだ。そして皇帝テオドシウスがキリスト教を国教と定めるに至り、キリスト教の覇権は決定的となる。ついにローマ帝国はキリスト教に呑み込まれたのだ。この大逆転の背景には、権謀術数に長けたミラノ司教、アンブロシウスの存在があった。

 それにしても、司教と皇帝の力関係がこれほど見事に逆転するとは・・・。
 迷える子羊には、勝ち目がないということでしょうか。

 いったんキリスト教徒になれば、皇帝といえでも一匹の羊にすぎない。「羊」と「羊飼い」では、勝負は明らかであったのだ。
 ミラノ司教アンブロシウスは、キリスト教と世俗の権力の関係を、実に正確に把握していたのにちがいない。皇帝がその地位に就くのも権力を行使できるのも、神が認めたからであり、その神の意向を人間に伝えるのは司教とされている以上、皇帝といえでも司教の意に逆らうことはできない。これが両者の関係の真実である、と。(P135)


 キリスト教を「支配の道具」として割り切っていたコンスタンティヌスは、この危険を察知していたので、死ぬ間際まで先例を受けなかったようです。一方、テオドシウスは、洗礼を受ける時に危険を自覚していなかったのでしょう。同じ「大帝」でもこれは大きな違いで、テオドシウスの存在が、結果として、キリスト教が皇帝を「支配の道具」とする道を開いたように思います。

 ますますローマ的でなくなっていく、ローマ帝国。そんな中、(キリスト教にとっての)異教側の立場から、アンブロシウスに論戦を挑んだクイントゥス・アウレリウス・シンマクスのような人がいたことには、なんだか救われる思いがしました。


 以下、Wikipediaのリンク。

         ・アンブロジウス

         ・ウァレンティニアヌス1世
         ・ウァレンス
         ・グラティアヌス
         ・ウァレンティニアヌス2世
         ・テオドシウス1世

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