『天気で読む日本地図 各地に伝わる風・雲・雨の言い伝え』 山田吉彦 (PHP新書)

 本棚に眠っていた18年前の本を再読しました。
 『天気で読む日本地図 各地に伝わる風・雲・雨の言い伝え』――。

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日本人は風・雲の動き、山や太陽の見え方などから天候を予測する「観天望気」を行ってきた。「お寺の鐘がよく聞こえると雨」「秋空の稲妻は明日も晴れ」「富士山がすっきり見えると雨」―。本書では、全国津々浦々を歩き、各地の天気にまつわることわざ・言い伝えを丹念に拾い集める。「春一番」「東尋坊」という風の由来、海賊・松浦党や現代のサーファーの観天望気など、その土地ならではの伝承・エピソードが満載! 天気図に頼らなくても、五感を使って見事に当たる、日本古来の天気予報。

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第一部 各地に残る日和見のはなし
 1 水軍・松浦党の流れをくむ天気見様
 2 大分県姫島村・大海鯛二郎さんの観天望気
 3 壱岐が「春一番」の発祥の地だった?
 4 伊勢・志摩にやってくる伊吹オロシ
 5 北海道・青森、津軽海峡を挟んだ空模様
 6 北陸・富山湾の天気は山で読む
 7 湘南のサーファーたちが活かす観天望気
第二部 風の名前、雲の名前
 1 風の名前   2 雲の名前   3 雨の名前
第三部 事象別・各地に伝わる観天望気の言い伝え
                 (2003年3月28日第1版第1刷)

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 保存時刻が2009-09-20 01:34となっていたので、前に読んだのは12年前⁈
 目次と以下の引用を保存してあったのですが・・・。

http://www.gsn.ed.jp:80/gakko/kou/ftyuouhs/etcetera/mikabo01.html

藤岡市を初め、この地域で古くから象徴の山として親しまれてきた「御荷鉾山(みかぼやま)」は、オドケ山(1191m)、西御荷鉾山(1286m)、東御荷鉾山(1246m)の三峰の総称になります。「御荷鉾」とは『三株』の意で、この三山を併せて三株山(御荷鉾山)と呼んでいます。
『御荷鉾の三束雨(みかぼのさんぞくあめ)』と言う言葉で、群馬県南部から発生する雷雲の、移動の早さが表現されていて、藤岡地域ばかりでなく、伊勢崎市や前橋市を中心とする中毛地域や、太田市などの東毛地域でも知られています。

 鬼石には「御荷鉾(みかぼ)の三束雨(さんぞくあめ)」の言い伝えがあります。これは「雷と空っ風」で有名な群馬の風土が生んだ一種の民間天気予報です。
 御荷鉾山に入道雲ができると麦束を三束たばねる間もなく雷雨が降り出すので村人たちはあわてて家に逃げ帰るのです。
 御荷鉾山の雷は鳴り出すとまたたく間に里まで降りて来るのです。

 本書には御荷鉾山も三束雨も登場せず、貼ってあるURLもリンク切れ・・・。
 12年前、何を考えてこれを貼りつけていたのか、まったく分かりません。。

 著者の本はこれだけと思っていたら、2017年にも読んでいました。
 『驚いた! 知らなかった 日本国境の新事実』――。
 この本はちょっと雑なところが目立ちましたが、本書はそんなところはなかったです。
 ただ、気になったのは、春一番について記載した以下の箇所。

 気象庁で調べると、昭和三十八年二月に初めて「春一番」の言葉を使っている。昭和三十八年二月二十五日付の毎日新聞の強風についての取材に対して「これが春一番でした」という言い方で答えた。このときが気象庁の記録では、「春一番」という言葉を対外的に使った最初だそうだ。「対外的に」という言い方に、内部ではもっと早くから使われていたことがうかがえる。(P65)

 饒村曜氏の5年前の記事から一部引用――。

「春一番」という言葉を、気象関係者が使い始めたのが、昭和31年(1956)2月7日の日本気象協会の天気図日記です。
毎日1枚、9時の天気図に、その日の出来事等を簡潔にまとめたものです。
マスコミに取り上げられたのは昭和37年2月11日の朝日新聞夕刊「…地方の漁師達は春一番という…」と、毎日新聞夕刊「…俗に春一番と呼び…」です。
ネットで検索すると、春一番の新聞における初出が昭和38年2月15日の朝日新聞朝刊とでることがありますが、この記事は、「これから春一番の季節で警戒が必要」という内容ですが、例示は前年の春一番です。

 本書の違いは、以下の2点。
 1)対外的に使われたのは、昭和38年2月15日ではなく、昭和37年2月11日。
 2)昭和38年2月15日について言及しているのは毎日新聞ではなく、朝日新聞。

 2)については、どちらも正しい(毎日新聞から取材があったのも、朝日新聞に出たのも事実)という可能性はありますが・・・。
 また、饒村氏の記事の中の、「春一番」という言葉を、気象関係者が使い始めたのが、昭和31年――は春一番の記事に出てくる1951年の統計開始以来と整合しないように思えるのが、気になります。

 どちらも、これ以上は確かめられないので、代わりに春一番の天気図を――。
 本書に日付が載っている1972年3月20日と1978年2月28日。
 リンク先は、デジタル台風のサイトです。

 1972年3月20日
 1978年2月28日

 本書にはさまざまな風の名前が登場します。
 局地風ということで、本書と直接は関係ないですが、二つ貼っておきます。

・益田風(ました風)
  飛騨の寒風・益田風(飛騨地学研究会)
  小越久美氏のツイート
・まつぼり風
  「まつぼり風」の局地性と吹走メカニズムに関する実証的研究

 12年後――と言わず、2年後でも意図が分からなくなっていそうですが・・・。

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