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zoom RSS 『美濃路殺人事件』 内田康夫 (徳間文庫)

<<   作成日時 : 2015/05/25 15:56   >>

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 週の後半に岐阜へ行くので、実家から持ってきた内田康夫のミステリー。
 二十数年ぶりで読みました。

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 プロローグ      第一章 犬山・明治村     第二章 策謀の影    第三章 和紙の里
 第四章 不忘山   第五章 血染めの回数券   第六章 結論の選択   エピローグ
    解説 山前譲
                      (1990年6月15日初刷 1992年5月31日10刷)

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 文庫本の発行は1990年ですが、単行本が出たのは1987年4月。
 事件が起こったのは1987年2月から3月で、日付まで特定可能。
 おまけに、こんなことを書かれては、確かめたくなります。。

 二月末の木曜日、浅見はF出版社の編集者で宮沢という男と連れ立って、岐阜県へ取材に行くことになっていた。
 浅見はいつものようにソアラを駆って家を出た。ところがその日は前夜来の豪雪で、東京の街中でもチェーンが必要かという騒ぎだった(P5)


 この日は別の箇所の記述から26日と特定可能で、万年カレンダーで見ても「26日木曜日」は矛盾なし。
 東京(大手町)の実況は気象庁のHPから確認できますが、25日も26日も降雪なし。

          ・東京・1987年2月25日     ・東京・1987年2月26日

 NCEPの再解析データから天気図を作ってみたところ、北海道の東で低気圧が発達していて、強い冬型に移行しつつある状態。等圧線は混みあっていても、この形で関東平野部の豪雪は考えにくいです。

 ●1987年2月25日21時   左:地上  右:500hPa
画像

 ただ、500hPaの渦の中心が道南にあるため、本州付近の高度場は低く、上空の寒気はかなり強そう。
 気象庁のHPには1988年からしかデータがなかったので、ワイオミング大学のサイトで2月25日21時の実況を調べたところ、輪島の500hPa気温は-41.5℃、700hPaは-23.7℃。
 関東平野部は大丈夫でも、濃尾平野は・・・。
 等高度線の走向が西に寝ているということは・・・。

 一人目の被害者が発見されたのは、犬山市の明治村にある品川灯台。

 二月二十六日の昼前、この品川灯台の近くで男性の死体が発見された。(略)
 前夜は近年まれな大雪だったために、観光客の訪れも少なく、園内の道路部分の雪は取り除いたが、ふだんなら散策もできる庭園には立ち入ることが不可能だった。(P12)


 死体の下には雪が無かったことなどから、男が殺されたのは雪が降りはじめる午後九時頃よりも前――おそらく夕方の閉門前――であると考えられる。(P13)

 気象庁のHPで岐阜の実況を調べたところ、けっこう降っていました。
 雪が降り始めたのはおそらく25日昼頃で、夕方には積もり始めていたと考えられます。
 さすがにタイミングまでは・・・ですが、ここまで合っているのは珍しいかもしれません。

          ・岐阜・1987年2月25日     ・岐阜・1987年2月26日

 ちなみに、岐阜の24日から27日の日降雪合計・最深積雪は次の通り。

  24日 なし・なし   25日 13cm・13cm  26日 17cm・23cm  27日 7cm・17cm

 さらに、ちなみに――。
 2月26日の積雪23cmは、「月最深積雪」の7位の記録(統計開始は1891年)。
 また、1987年2月の「降雪の深さ月合計」45cmは6位の記録(統計開始は1953年)でした。

          ・岐阜の記録

 名古屋はどうだったかというと、積雪は1cmだけ。
 ひたすら西に寝た形で雪雲が流れ込んだということですね。

          ・名古屋・1987年2月25日     ・名古屋・1987年2月26日


 もはや何について書いているのか分からなくなってきましたが、ミステリーっぽく(?)謎な点を・・・。
 といっても、東北新幹線殺人旅行と同様、時間の経過についてです。。

 まずは、浅見光彦の行動を追うと――。
 浅見が事件をテレビのニュースで知ったのは、26日の夕食時。

 翌朝、浅見は九時に宿を出た。(P24)

 で、ここから27日の出来事。
 犬山署から明治村へ行き、月岡三喜子と会っています。

 「これから僕は東京へ帰ります。よろしかったら僕の車で送りますよ」(P45)

 別れ際にこんな会話をしているので、浅見は27日のうちに帰京したと考えられます。
 なので・・・。

 岐阜から戻った日の夜、浅見は久しぶりに兄と膝つき合せて話す機会を持った。(P46)

 これは27日夜のことと考えらます。

 その翌日、浅見は月岡家を訪ねている。(P51)

 兄との会話の直後にこの記述があります。
 ということは、浅見が月岡家を訪ねたのは28日になりますが、三喜子の母との会話が・・・。

 「そうすると、三喜子さんはまだあちらから戻っていないのですか?」
 「ええ、もう出かけましてから三日になりますのに、その日に電話がございましたきり、連絡もして参りませんの」
 「そうですか。犬山で僕と会ったのが二十七日ですから、あれからもう三日ということですか。(以下略)」(P55)


 「あれからもう三日」って・・・前の日のはず。。
 この場面の後、三喜子と母は電話でやりとりすることになりますが・・・。

 次に月岡三喜子の行動を追うと――。

 二月二十七日に、三喜子は犬山に来た。(P70)

 東京の母に電話を入れたが、「今晩名古屋に泊まる」とだけ言って、父のことも吉野のことも黙っていた。(P77)


 ここまでは問題ありません。

 吉野からの電話は、約束どおり翌朝にあった。(P78)

 ここからは28日の出来事になります。

 連絡は九時過ぎにあった。ただし指示された内容は「明日朝、十時に連絡する」というものであった。(P82)

 これは28日夜の出来事――。

 翌朝、十時きっかりに吉野から電話があった。(P82)

 3月1日になりました。。
 三喜子はこの後、岐阜グランドホテル内の店から母と電話で話をします。
 が、先に書いたように、浅見についての記述を追っていくと28日の出来事なわけで・・・。
 3月1日に起こったのが正しいとしても、母の「もう出かけましてから三日になりますのに」が引っかかります。
 まあ、これは「三日後」ではなく、「三日目」と考えればよい話ですが・・・。

 その後、浅見の視点に記述は戻ります。
 28日(?)に月岡家を出た後、成城警察署に立ち寄り、再び月岡家に立ち寄った後、帰宅。
 その翌朝、三喜子の母から電話が――。

 「分かってますよ、昨日は特別の事情があったから警察に頼みましたが、三喜子さんがわけの分からない人物と接触しなりしないかぎりその必要がありませんからね」(P95)

 浅見のこの発言から、浅見について記述する立場では、電話があったのは28日の翌日=3月1日朝のはず――と判断出来ます。
 この後、浅見は新幹線で西へ向かい、岐阜と三喜子と会い、さらに別れた後、美濃の派出所へ。

 「ええ、じつはつい四日ばかり前、和紙づくりの見学で蕨生を訪ねたばかりだったものですから」(P102)

 浅見が蕨生を訪ねたは2月26日。その四日後は3月1日――ではなく、3月2日。
 時間の経過は三喜子の記述のほうが正しく、浅見のはどこかで一日省かれているということになります。
 「四日前」ではなく、「四日ばかり前」なのは、含みを持たせているとも言えますが、そんな必要はなく・・・。

 浅見についての記述、三喜子についての記述の整合を取るには・・・。

 後者を採用し、浅見が月岡家を訪ね、三喜子が岐阜から母親へ電話を入れたのは3月1日――とします。
 ということは、浅見が兄と膝つき合せて話をしたのは、2月28日夜。
 岐阜から戻ったのも28日夜ということになります。

 浅見と三喜子が27日に明治村で会ったのは動かせません。
 そして、その別れ際に浅見は「僕は東京へ帰ります」と言っています。

 以上より、浅見は27日に三喜子と別れた後、どこかで何かをした後、28日夜に自宅へ戻ったことに・・・。
 名探偵は行動もミステリアス――ということなのでしょう。。

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*** 美濃を回る・その1 日本まん真ん中センター ***
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2015/05/30 00:17

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内 容 ニックネーム/日時
このシリーズがどこで書かれていたかは判りませんが、出版はその当時波単行本化までに数ヶ月を要したことを考えると、1987年ではなく、1986年かそれ以前になろうかと。このストーリーに近い気象現象が1986年2月18日頃にあります。岐阜の積雪がないという時期もこの頃にあります。
実際の降雪は2月17-18日ですが、東京の降雪は確かによく降りました。翌月には神奈川県内で着雪により送電線の鉄塔が倒れ、大規模停電が発生した時期でしたので。
navarea11
2015/06/06 23:22

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